東京地方裁判所 平成6年(ワ)4782号 判決 1995年3月17日
原告
山口留美子
同
山口勝
右両名訴訟代理人弁護士
弘中惇一郎
同
中山ひとみ
被告
オリックス株式会社
右代表者代表取締役
宮内義彦
右訴訟代理人弁護士
林彰久
同
池袋恒明
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告から原告山口留美子及び原告山口勝に対する東京法務局所属公証人山本寛作成平成二年第五七五号債務承認並びに弁済に関する契約公正証書に基づく強制執行はこれを許さない。
第二 事案の概要
本件は、ローン提携販売により役務の提供を内容とする会員権を購入した原告らが、役務提供業者が倒産したことにより役務の提供を受けられなくなったとして、右購入資金を融資した金融会社である被告との間で作成された融資金の弁済に係る公正証書の執行力の排除を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 (公正証書の存在)
被告と原告らとの間には、被告を債権者、原告山口留美子(以下「原告留美子」という。)を債務者、原告山口勝(以下「原告勝」という。)を連帯保証人とする左記の内容の東京法務局所属公証人山本寛作成平成二年第五七五号債務承認並びに弁済に関する契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)がある。
記
① 原告らは被告に対し、連帯して金八五〇万円を支払う。
② 原告らは、右債務の履行をしなかったときは、直ちに強制執行を受けることを認諾する。
2 (債権の発生原因事実)
(一) 被告は原告留美子に対し、平成二年一月三一日、左記のとおり金銭を貸し渡した(以下「本件消費貸借契約」という。)。
記
① 元本 金八五〇万円
② 利率 年7.44パーセント
③ 計算方法 月利計算(ただし、一か月未満の端数日数については年三六五日の日割計算とする。)、残債方式、利息後払
④ 弁済方法 平成二年三月から平成一二年二月まで毎月一〇日限り金一〇万六三一円ずつ支払う。
⑤ 遅延損害金 年14.6パーセント
⑥ 期限の利益喪失 原告留美子が弁済金の支払を一回でも遅滞したときは、当然に期限の利益を失い、被告に対し、残債務を一括して支払う。
(二) 原告勝は、同日、原告留美子の被告に対する右債務につき、連帯して保証する旨約した。
3 (公正証書の成立)
(一) 被告は、平成二年三月三〇日、本件公正証書の作成を公証人に委嘱した。
(二) 原告らは被告に対し、本件公正証書の作成権原を付与した。
(三) 原告らは被告に対し、執行認諾の意思表示をした。
4 (本件消費貸借の経緯等)
(一) 原告留美子は、平成二年一月中旬ころ、ライベックス株式会社(以下「ライベックス」という。)から、左記の内容の三條苑メディカルクラブ会員権(以下「本件会員権」という。)を買い受ける旨の契約を締結した。
記
① 会員はライベックスに対し、入会金として金一五〇万円を支払う。
② 会員はライベックスに対し、預託金として金七〇〇万円を支払う。
預託金は二〇年間据え置かれるものとし、会員が退会、除名されたとき、その日から三か月経過後に返還される。
③ 会員たる地位は、ライベックス及びクラブ理事会の承認を得て譲渡することができる。
④ 会員は、メディカルサービス及びホテルなどの利用のサービスを受けることができる。
⑤ 会員は、右サービスを受けるについて、その都度、別に定められた費用を負担する。
⑥ 会員は、別に定める年会費を支払う。
(二) 原告留美子は被告に対し、平成二年一月二四日ころ、本件会員権購入申込書の写しを添えて、本件会員権購入のための資金として金八五〇万円の借入れの申込みをし、被告は原告留美子との間で、本件消費貸借契約を締結した。
(三) 原告留美子はライベックスに対し、平成二年一月三一日、本件消費貸借契約に基づく貸付金八五〇万円を受領する権限を付与するとともに、被告に対し、右貸付金をライベックスに交付するよう指示した。被告はライベックスに対し、同日、右指示に基づいて金八五〇万円を交付した。
(四) ライベックスは、平成四年四月二〇日、二度目の不渡りを出して倒産した。
二 争点
1 売買契約の抗弁の対抗(割賦販売法(以下「法」という。)三〇条の四の拡張ない類推適用)ができるか。
(原告らの主張)
(一) 原告留美子と被告との間の本件契約は「割賦購入あっせん」に該当するか。
原告留美子と被告との間の契約は金銭消費貸借であり、いわゆるローン提携販売に該当するものであるが、①借り入れた金銭が販売業者であるライベックスに直接交付され、②与信者である被告と販売業者であるライベックスとの間に密接牽連関係があるから、本件取引は割賦購入あっせんに該当する。
(二) 本件会員権は「指定商品」に該当するか。
本件会員権によるメディカルサービスとは医療サービスやホテルの利用などのいわゆる役務の提供を内容とするものである。
まず、非指定商品や役務の提供などについて、法三〇条の四第一項を反対解釈して、抗弁権の接続を否定すべきではない。すなわち、同項は、一定の場合に当然に抗弁の対抗が認められるとして、購入者の立証責任を軽減したものにすぎず、その他の場合については個別具体的な事情により判断されるべきである。
そして、①購入者が販売業者以外の第三者から信用の供与を受けており、②与信された金銭が直接販売業者に交付され、役務提供の債務の弁済に充てられる旨約されており、③供給者に対する抗弁が存する場合には、購入者は与信者に対して抗弁を対抗できるところ、①ライベックスの役務の提供代金について第三者である被告が原告留美子に信用を供与し、②被告から与信された金銭が直接販売業者であるライベックスに交付され、③契約直後にライベックスが倒産して原告留美子は役務の提供を受けられず、したがって、代金の支払を拒否すべき事由がある。さらに、ライベックスと被告とは密接な取引牽連関係があり、経営状態の見通しや推移についても的確かつ速やかに情報を入手できる立場にあったことからすると、抗弁の対抗の規定が拡張ないし類推適用されるべきである。
通商産業省は、平成四年一〇月、消費者保護の見地から、クレジット会社に対して、エステティックサロン、外国語会話教室などのサービス会社が倒産した場合に提携ローンについて支払を停止することを求める通達を出した。そこで、役務についてもその実質は商品と異ならないから、消費者保護の立場で右保護規定の趣旨を役務にも拡張ないし類推して適用するのが、妥当な社会通念である。
(被告の主張)
(一) 消費者該当性
原告らは、同法が保護しようとしている消費者には該当しない。すなわち、①原告らが主要な株主となっている株式会社三協ビルメン(以下「三協ビルメン」という。)はライベックスが経営しているメディカルセンターなどの清掃業務を請け負っており、密接な取引関係にあること、②原告勝は三協ビルメンの代表取締役であり、原告留美子はその取締役であって、三協ビルメンは原告らの個人商店に等しいこと、③原告留美子は、三協ビルメンとライベックスとの良好な取引関係を維持し、三協ビルメンの売上拡大を企図して本件会員権を購入したものであること、④実際に、三協ビルメンの売上高は、原告留美子が本件会員権を購入した以後、前年度の数倍に拡大したことからすると、原告留美子が本件会員権を購入したのは、三協ビルメンの商取引拡大のためのものである。
(二) 会員権購入代金と役務提供代金との対価的牽連性
本件会員権の内容は、預託金返還請求権及びサービスを受ける権利と費用支払義務及び年会費支払義務という権利義務の複合した契約上の地位であり、しかも、購入代金額の大半が預託金債権額であるから、本件会員権購入代金と役務提供代金とは対価的牽連性はなく、原告らの主張はその前提を欠くものである。
2 本件公正証書による債務は公序良俗に反し無効であるか。
(原告らの主張)
本件消費貸借はライベックスが開設運営する本件会員権の代金支払のためにされたものであるところ、ライベックスが倒産したため、原告留美子は三條苑メディカルクラブの利用が一切できない状態になった。そこで、原告留美子は二年あまりしか右クラブを利用できなかったのに、今後、ローンを全額支払わなければならないとするのは不当である。
一方、信販会社やクレジット会社は一般消費者とは比較にならないほどの情報収集能力を有しているから、業者の経営状態を知り得る立場にあり、消費者も大手信販会社やクレジット会社が提携ローン先であれば、その業者に対する信用も高められてローンを組むのである。通商産業省も、消費者保護の見地から、クレジット会社に対して、サービス会社が倒産した場合に提携ローンについて支払を停止することを求める通達を出した。
そこで本件公正証書による債務名義は公序良俗に反し無効である。
3 一部弁済
(原告らの主張)
(一) 被告とライベックスとの契約によれば、ライベックスは会員権の購入者のローンによる債務について連帯保証し、右保証債務を担保するため、ライベックスは貸付金の二〇パーセントに相当する預金に質権を設定することとされている。
(二) 被告は、本件消費貸借について、ライベックスから、本件融資金額の二〇パーセント相当額を受領した。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 法三〇条の四を適用するには、①法二条三項一号又は二号に規定する割賦購入あっせんに係る購入であること、②法二条四項の指定商品の販売に係るものであることを要する。
本件における取引目的物である本件会員権は役務の提供をその内容とするものであって、指定商品には該当しない。
また、本件取引の方法をみるに、平成元年三月二二日、ライベックスは被告に対し、ライベックスの販売する会員権の購入資金に充てるため購入者が被告から借り入れる債務について、購入者と連帯して履行の責を負うものとし、その保証の範囲を購入者が被告に対して負担する債務の全額とする旨約し(乙第一)、被告は原告らに対し、ライベックスの右連帯保証に基づいて融資し、その融資金を直接ライベックスに交付することにより、これを右購入代金に充て、原告らは被告に対し、右融資金を分割返済するというものであることが認められるから、本件取引は、割賦購入あっせんではなく、ローン提携販売に該当するということができる(なお、法に定めるローン提携販売とするには、指定商品の販売に係るものであることを要する。法二条二項一号)。
したがって、本件取引には、法三〇条の四は直接適用されないから、本件取引に抗弁の対抗を認めるためには、同条につき、①ローン提携販売に対する拡張ないし類推適用と、②非指定商品に対する拡張ないし類推適用が認められなければならない。
2 そこで、検討するに、①の点については、割賦購入あっせんは代金の立替払という法形式をとるのに対し、ローン提携販売は金融機関との金銭消費貸借という法形式をとる点に違いがあるが、融資金は金融機関から販売業者に直接交付され、購入者は金融機関に対して融資金を分割弁済するものであるから、その信用供与の実態や金銭の流れは、実質的には、割賦購入あっせんと異ならないものであり、また、ローン提携販売では、購入者が金融機関に対する割賦金の支払をしなければ、金融機関は販売業者に対し保証債務の履行を求められるとしても、本件のように販売業者が倒産する場合があることをも考慮すれば、抗弁の対抗の問題が生ずる場面も想定されるところである。したがって、ローン提携販売にも、法三〇条の四の類推適用を認める余地があるものというべきである。
3 次に、②の点については、昭和五九年法律第四九号による改正により法三〇条の四の規定が設けられた趣旨は、購入者とあっせん業者間の立替払契約と、購入者と販売業者間の売買契約とは法的には別個の契約関係であり、両契約が経済的、実質的に密接な関係にあることは否定できないとしても、購入者が売買契約上生じている事由をもって当然にあっせん業者に対抗することはできないところ、法が、購入者保護の観点から、購入者において売買契約上生じている事由をあっせん業者に対抗できることを新たに認めたことにある(最高裁判所平成二年二月二〇日第三小法廷判決最高裁判所裁判集民事一五九号一五一頁参照。)。
そして、同条は、指定商品の販売に係るものについて適用することとされているが、法がこのように指定商品を対象とする規制の方式を採ったのは、本来自由であるはずの取引に新たな規制を設けることになるので、その規制の対象となる商品を明確にし、かつ、過剰な規制を避けることにある。そこで、法二条四項は、指定商品を定型的な条件で販売するのに適する商品(すなわち一般の購入者に対し同様の条件で販売される大量生産商品)であって政令で定めるものをいうとして法施行令一条一項に基づく別表一にこれを個別具体的に定めるところである。また、右改正に際して、役務を法の規制の対象とすることが検討されたが、役務については様々な形の取引が存在しており、その実態を解明する必要があることやそのトラブルの内容も割賦等による支払方法のあり方だけの問題でなく、むしろ提供される役務の内容に関連して発生していることなどから、法においては、役務を規制の対象とすることが見送られた経緯がある。
そうであるとすれば、本件会員権のような役務の提供は、右指定商品とは、本来、その性質を異にするものである上、前記のとおり右昭和五九年改正より設けられた法三〇条の四の規定は消費者保護という社会的な要請から債権関係を相対的に定める私法上の原則の例外として特に新設されたものであること、また、同条の規定において、規制の対象となる商品を明確にし、かつ、過剰な規制を避けるために指定商品を対象とする規制の方式が採られたこと、さらに、右改正に際して、役務を法の規制の対象とすることが検討されたが見送られたという経緯に照らしても、法の解釈として、役務につき、法三〇条の四を拡張ないし類推して適用することは相当でないというべきである。
ところで、通商産業省は同省産業政策局取引信用室長名で、日本クレジット産業協会、全国信販協会に対して、平成四年一〇月八日、クレジットを利用したエステティックサロン、外国語会話教室、学習塾、家庭教師派遣業等の継続的な役務につき、これらの役務の提供を行う加盟店が倒産等の事由により役務提供を行うことができなくなった場合には、直ちに消費者に対する支払請求を停止する旨の通達を発していることが認められる(甲第一)。右通達は、クレジットを利用した継続的な役務の提供に際して、倒産等により役務提供ができなくなった場合等のトラブルが増加していることから、継続的な役務提供についても、通達による行政指導の手法により、その取引を規制しようとするものであって、消費者保護の観点からは合理性のあるものであるが、右通達をもってしても、現行法の解釈として、役務につき法三〇条の四の拡張ないし類推適用を認めることはできない。
4 そこで、本取引については、法三〇条の四を拡張ないし類推適用することはできないものというべきである。
二 争点2について
原告留美子は、ローン提携販売により本件会員権を購入したが、ライベックスは、平成四年四月二〇日、二度目の不渡りを出して倒産した(争いのない事実)ため、原告留美子は三條苑メディカルクラブの利用が一切できない状態になったこと(弁論の全趣旨)が認められる。そこで、原告留美子は二年余りしか右クラブを利用できなかったのに、ローンを支払わなければならないという事態が生じたものである。
このような場合に、金融業者において役務提供業者が役務を提供できないことを知り若しくは知り得ベきでありながら、金銭消費貸借を締結したなど役務が提供できなくなった結果を金融業者に帰せしめるのを信義則上相当とする特段の事情があるときには、本件債務名義が公序良俗に反するということができるものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、役務提供業者であるライベックスが倒産したのは本件公正証書が作成された二年以上後であって、本件全証拠によるも、金融業者である被告が、右公正証書作成当時において、ライベックスの経営が悪化し倒産するため役務を提供できなくなることを知り若しくは知り得べきであったという事情は認めるに足りない。
なお、通商産業省の右通達については、本件会員権が右通達の対象となる継続的な役務に該当するか否かはともかくとして、右通達の趣旨は前記のとおり消費者保護の観点から行政指導の手法によりその取引を規制しようとするものであって、右通達が発せられたことをもって、本件債務名義が公序良俗に反するとまではいうことができない。
そこで、本件債務名義が公序良俗に反し無効であるということはできない。
三 争点3について
被告とライベックスとの契約上、ライベックスは会員権の購入者のローンによる債務について連帯保証し、右保証債務を担保するため、ライベックスは貸付金の二〇パーセントに相当する預金に質権を設定することとされていることが認められる(乙第一)が、本件全証拠によるも、被告が、本件消費貸借契約について、ライベックスから、本件貸付金額の二〇パーセント相当額を受領したと認めるに足りない。
そこで、一部弁済があったものということはできない。
第四 結語
以上の次第で、本件請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九三条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官金子順一)